1991年10月、月刊「競馬最強の法則」(KKベストセラーズ)創刊号で、「プログラム8バージョンの奇跡」というタイトルで新しい競馬予想理論が発表された。そこでは3か月で資金を350倍にするという競馬予想法の概要が述べられていた。そして本誌記者とカメラマンと伴って、後楽園のウインズに出かけたこの日、1レースから12レースまで投資して8レースを的中。10万円単位で購入した当たり馬券が8枚も掲載された。その内容は1日で200万円近い利益を出していたのだ。後に「バージョン8」と呼ばれるようになった競馬予想法は、フラクタル理論や量子論の考え方を応用した全く新しい予想理論であった。競馬ではレース結果が固く収まる日もあれば荒れて万馬券が続出する日もある。「バージョン8」はこの波を予測して、出現確率の高いエリアに網を張る。そうやって1日12レースの中から確実にいくつかの的中レースを拾い上げていく。
競馬に絶対はない。どれだけ強い馬でもコンディションやレースの展開によっては負けるときがある。あのディープインパクトでもハーツクライに敗れたのだ。だから1レースに勝負するのではなく、12レースの中から勝てるレースを確実に的中させていく。そんな予想法によって、まだ30歳そこそこの若造が、1日で200万円近い利益を手にしたのだ。まだ写真の合成も難しかった時代に、この当たり馬券を見せられた競馬ファンは歓喜した。そして競馬予想法「バージョン8」とそれを考え出した奥村俊一は、すぐに注目を浴びるようになった。月刊「競馬最強の法則」での奥村の連載はすぐに人気になった。そして翌1992年5月、この予想法の詳細を記した単行本「競馬必勝法の新理論バージョン8」(KKベストセラーズ刊)は、発売と共に1年で8回の増刷をするベストセラーになった。当時、競馬本が書籍のベストセラーにランクインしたのは初めてのことだった。そこからテレビ・ラジオ・新聞・雑誌での奥村俊一の活躍が始まった。
【注目番組】
NHK「平成世の中研究所」は、三田村邦彦さんの司会で、平成3年から平成4年にかけて夜10時から45分間放送された。その中で「競馬で本当に儲けることは出来るのか」というテーマが取り上げられた。そしてNHKが奥村に完全密着して、競馬でどれだけ利益を上げることができるのかを検証した。45分の放送枠の中では、「バージョン8」による出走馬の能力評価法やレース結果の波の分析方法を紹介。そしてレース当日にウインズで馬券を買っている様子を克明に追った。そしてこの番組は評判が良く、後日再放送された。
フジテレビ「すぽこん」は、1992年からフジテレビアナウンサー河野景子さんの司会で放送されたスポーツ番組。奥村は、「西田式スピード指数」で有名な競馬予想家「西田和彦」さんと共に、予想と解説を担当。的確な予想と穴馬を見つけ出す鋭い分析力でファンの好評を得た。
テレビ朝日「トゥナイト」は、1980年から1994年まで夜11時の時間帯に55分番組として放送された。奥村は映画監督の山本晋也さんの人気コーナー「大人の社会学」に度々出演。山本監督と二人で夜の歓楽街をレポートした。その間、ホステスさんを競走馬に見立てた数々ゲームを企画して番組を盛り上げた。
2006年12月「競馬新理論バージョン10」(ぶんか社刊)の出版に合わせて、インターネット衛星放送局「あっ!とおどろく放送局」では、奥村の冠番組が3本放送された。毎週日曜日昼11時からの45分間生放送「奥村俊一の競馬新理論バージョン10」は、好評につき、3クールにわたって放送された。司会は奥村俊一、初代アシスタントはグラビアアイドルの「塩沢亜弓」さん。2代目アシスタントは、グラビアアイドルの「小口もな美」さん。3代目アシスタントは、タレントの「スザンヌ」さんが担当した。番組では当時お笑いコンビだった「ビックスモールン」さんや「HEY!たくちゃん」さん、女優の「早瀬久美」ら、毎回楽しいゲストが登場。ゲストやアシスタントを相手に繰り広げられた「競馬教室」や奥村の競馬予想を検証する「実践、100万円獲得コーナー」、午後のメインレース予想などが非常に好評であった。さらに毎週土曜日深夜1時に時間を移した「奥村俊一の競馬新理論バージョン10」では、「愛川ゆず季」さんら当時のトップグラビアアイドルたちの競馬予想も注目を浴びた。
他にも競輪・競艇などの実況中継に度々ゲスト出演して、独自の切り口から鋭い予想を披露した。 バージョン8で作り上げたレース結果の波を予測する奥村理論が他のレースでも通用することが証明された。
【注目出版物】
1992年10月31日の夕刊フジでは、翌日に行われる第106回天皇賞(秋)の予想対決の記事で1面と2面が埋められていた。対戦者は競馬予想の神様と呼ばれた競馬評論家の「大川慶次郎」さんと奥村俊一である。大川さんは競馬専門紙で予想を出していたが、パーフェクト(=1レースから12レースまで全レース的中)を4度達成したナンバー1の予想家であった。その頃、的確なデータ分析力で予想精度の高さが評判になっていた奥村との対決は、おのずと大きな注目を浴びることになった。大川さんは相馬眼(=馬を見る目)で予想を出している。一方の奥村は、過去の競争データを分析して買い目を絞り込んでいる。まったく異なるスタイルの予想は、大川さんが1番人気:トウカイテイオー、2番人気:ナイスネイチャ、3番人気:ダイタクヘリオス、4番人気:イクノディクタスを絡めた本命予想。奥村の予想はこれら4頭を買い目から省いた一見、無謀に思える超穴予想であった。そして結果は1着:11番人気レッツゴーターキン、2着:5番人気ムービースター、3着:15番人気ヤマニングローバルで決着。当時は馬単も3連単も無い時代であったが、馬連1万7220円を見事に的中した。もし3連単があれば、確実に100万円を超える大万馬券になっていただろう。奥村が神様に勝った瞬間であった。
月刊「馬券の王様」(ぶんか社)2006年7月号から奥村俊一が編集長に就任した。その中では”奥村イズム”とも言うべき、”勝つための馬券術”が次々に披露された。競馬では予想するための材料には事欠かない。血統・調教・着順・着差・タイム・騎手・調教師など、数多くの要素の中から何を取り上げ何を切り捨てるのか。データを集めることよりも有効なデータを的確に取捨選択することが必要になる。そして馬券を当てることと共に、有効な資金配分をすることも重要だ。レースでは常に勝ち続けることはできないから、小さく負けて大きく勝つように資金を振り分けていかなければならない。そのための方策も分かりやすく提示された。
1993年、NECPC98用に、当時の全競走馬のデータベースを付けて、競馬予想ソフト「Version8 奥村俊一の戦略的競馬予想システム」(イド・コーポレーション)が発売された。大手家電量販店ではオートデモを作動させてプロモーションをかけて販売した。基本的には「競馬予想法バージョン8」にしたがって、PCがデータベースから必要なデータを取り込んで自動で予想をしていく。予想の精度の高さから評判になっていた「バージョン8」でも、複雑な能力計算や予想時間の長さが実践で使いづらいと言われていた。その弱点を見事に克服した予想ソフトであった。